【末期がんからの生還】回想録 その7

【末期がんからの生還】回想録 その7

年の暮れには、何やら客人が増える。

僕の日本からの仲間はしばらく遠慮してくれ!としてたので、ロサンゼルスのお互いの知り合いとその友達だ。

その中で自分たちの直接の友人ではない、看護師をしている1人が僕にアドバイスしてきた。
「直ちにこんな医療行為はやめなさい!病院に入院させないとダメだ!」と。
ありがたいことだが、その病院にサジを投げられた話と現状を説明した。

すると、
「なおさらダメでしょう!小さくなったんだったら、余計に今こそ病院ですよ。何かあったら、どう責任を取れるんですか?」

確かに、彼女がここで死んだらややこしいとは思っていた。ただ、彼女の知り合いの医師や検査を受けさせてくれている病院に助け舟ぐらいは出してもらえるだろう。殺人にはならないだろう。とぐらいに思ってた程度だった。その看護師に言い返せるほどの自分の無実の確証はどこにもなかった。

年が明けて、今度は病院が動き出した。

これだけ小さくなったら手術可能だ!との見解。病院も末期がん患者を助けることができたとの実績だけはキープしたいようで、患者のことなど1mmも考えてはいないようにも思える。

だが、彼女の担当医師だけはどうやってガンが小さくなっていったかに興味を持ち、治療法を知っていた。この治療法が彼女の体に有効だと認めていた。その医師が、なんと!彼が体を張って手術を止めてくれた?いや、オペから逃してくれた?とにかく彼女は手術を受けることなく済んだ。

その医師は「処分を受けた」と後から聞いた。

感謝!としか表現のしようがない。

当然、今までの病院では検査を受けられなくなった。担当医が手配してくれて、次の検査は別の病院でできることになった。どこまでも素晴らしい医師だ。

日程としては3週間後ということだった。

医師の世界も社会の縮図なところはある。権力の構造、実績重視の社会そのものと言えるだろう。

彼女はと言えば、相変わらず、排出物が出てくる。
一体いつまで続くんだろう?

いつも一緒!仲良しでもないのに。。。変な感じだ。

この頃の温熱を振り返ると、三井と女子先生のやり方を完全に真似た3秒間留め置きの施術だった。よく熱が入る状態。もちろん、熱くても必死で我慢しているのだろうが、こっちも必死なので何も言えなかったんだろう。

それと、いつの間にか排出物の後にジュースを飲むという

排出物→ジュース→温熱→寝る休む

のサイクルになっていた。

排泄物が出た後のジュースは、かなり喉に染みるようで、物凄い形相だった。味が嫌いな上に痛くもあったら地獄だろうな。「良薬口に苦し」どころではない。「良薬口に不味し、喉に痛し」だもんな。もっとも、この時にそんな言葉を口に出せるわけもない。

(続く)
https://bunsei.net/2020/10/11/post-286/

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